ドリーム小説
綾子と法正の口はまだ止まりそうにない。
そろそろ飽きて来た頃だし、帰ろうかなと思った時、ローファーが砂を噛みながら黒田が現れた。
「谷山さん」
呼ばれた麻衣の顔が引きつる。
(鬱陶しいのがまた一人増えた)
宙を仰ぐに冷えた目を向けて、黒田はぐるりと面子を見渡した。
「この人たちは?」
「旧校舎を調べに来た人たち、巫女さんとお坊さんだって」
(もっとも自称巫女と破戒僧なのだがね)
横槍を飲み込みながらそっぽを向いていると、黒田は「ああ!」と感極まった声をあげる。
「よかったわ、旧校舎は悪い霊の巣でわたし困ってたんです!」
口を開けたまま。綾子と法正が、そろって黒田を見た。
「・・・あんたがどうしたって?」
いやに冷めた綾子の声に、はチラリと横眼を向ける。
「わたし霊感が強くて、それですごく悩まされ・・・」
「自己顕示欲」
言葉半ばに吐き捨てられて、黒田は虚を突かれた顔をした。
「え?」
「目立ちたがりね、あんた。そんなに自分に注目して欲しい?」
(おお、なかなか言うじゃん。この巫女さん)
無頓着に場を眺めていたナルの目に、キラキラと瞳を輝かせるが映ったよう。呆れた息をついたナルの傍らで、麻衣が思わずといった調子で口を挟んだ。
「そ、そんな言い方ないでしょう!?」
そんな麻衣にも、綾子はめんどくさそうに長い髪を梳く。
「ホントのことよ、そのコ、霊感なんてないわよ」
「なんでわかるんですか!」
「見ればわかるわ、そのコはただ目立ちたいだけよ」
黒田の拳が固くなる。
一部始終を茶化した表情で見ていたは、不意に、背筋が泡立つような感触に、ゾッと身体を震わせた。
「なによ」
猫なで声を裏返して、黒田はゆらりと身体を揺らす。
「わたしは霊感が強いの、霊を呼んであなたにつけてあげるわ・・・」
「黒田さん!」
麻衣が悲鳴に似た声をあげた。
坐った瞳がついと綾子を映し、を見る。
「アンタと、ニセ巫女・・・今に後悔するわ」
「黒田さん!」
その背を呆けた顔で見送るに、ナルはため息交じりの声を掛けた。
「お前まで何か言ったのか」
「ちょっとからかっただけなんだけど」
これでもケッコー我慢したし、と続けるに、麻衣は――大方、嫌にあのどす黒い目が忘れられないのだろう――青白い顔で振り払うように首を横に振る。
「ね、ねぇナルちゃん、今日はあたし何をすればいいの?」
(あ)
「今、なんて言った・・・?」
(ありゃりゃ)
ジト目で睨まれたは、たった今無実の罪をきせられようとしている。
「へ?」
「おまえ、“ナル”っていわなかったか?」
「!?」
やっとこさ自分の失言に気づいたようで、麻衣は慌てて自分の口を押さえると、慌てふためいた。
「ごめん、えっと・・・」
「どこで聞いた?」
と、言いつつも見てくるあたり、絶対疑っている。
「・・・って、ひょっとしてナルって言うんだ、ニックネーム!」
(ま、おかげで呼びなれない“渋谷さん”なんていわずにすみそうだけれどね)
「やっぱね〜、誰でも思いつくんだぁ〜“ナルシストのナル”ちゃん。まーま、んな事より何するの?」
能天気な麻衣に、ぶふぅっと口から変な声を出す。
海より深い息をついたナルはノートパソコンを抱え上げた。
「・・・そうだな、反応がないから次の手の打ちようがないんだが・・・麻衣の先輩の・・・」
「あー、呼び捨てー」
「おまえもさっきいっただろう。その先輩が人影を見た教室がどこか分かるか?」
存外、上手くやっていけそうな雰囲気である。
はすすと横にずれて歩くと、綾子を見上げた。
「どうして嘘だと思ったんですか?黒田さんのこと」
長い髪を持て余すように綾子は耳にかける。
「あのね」
そうして息吐くと、ルージュの光る口元に笑みを浮かべた。
「他の人と違うものが本当に見えたり、聞こえたり、感じたりする人は、あんなふうに大きな声では言えないものなのよ」
「・・・」
『和弥・・・貴方は和弥よ』
遥か上空でカラスが鳴く。
は頬を綻ばせると、微笑んだ。
「そうね、私もそう思うわ」
【悪霊がいっぱい!? 3】
「ねぇ、。アレって校長じゃない?」
麻衣に横腹をつつかれて振り向くと、遠くに人影がふたつ。
「お?」
段々と近づくにつれて明瞭になっていく輪郭に、ぱか、と口を開く麻衣と、目を見開くは揃って身を乗り出した。
「「ぉぉおおおおお!!??」」
「やぁ、おそろいですな。
もうひと方お着きになりましてね、ジョン・ブラウンさん。仲良くやってくださいよ」
((ガイコクジンだぁ))
「か、かわいい・・・」
思わずが呟く隣で、麻衣が激しく頷く。
少し癖っ毛の明るい髪。大きくて綺麗な青い瞳。
そんな彼が頭を下げると、ついつられて頭を下げた。
「もうかりまっか」
皆の視線がに集まる中、は「私じゃないって」と首を横にする。
「ジョン・ブラウンいいます。あんじょうかわいがっとくれやす」
(この姿で・・・この方言だなんて)
言葉にせずとも流れる空気。覚えがあるのだろう校長は苦笑いしながら、ハンカチで汗をぬぐった。
「その、ブラウンさんは関西のほうで日本語を学んだようで・・・」
取って付けたような説明が尚更笑いを誘う。綾子と法生が笑いこけるのを聞きながら、はマジマジとジョンを眺めた。
(どこの国か聞きたい・・・聞きたいけど、勇気がない!)
「ブラウンさん?どちらからいらしたんですか?」
(聞いた!さすがナル!)
「へぇ、ボクはオーストラリアからおこしやしたんどす」
オーストラリア。
それはまたきっと、随分と遠い国だ。
(どこだっけ…)
「おい、ボウズ!たのむからそのへんな京都弁やめてくれ!」
「丁寧な言葉いうたら、京都の言葉と違うのんどすか」
「京都弁は方言の一種!悪いこたいわないからやめろ!な?」
これはまた随分とツボに入ったご様子で、息切れ切れに法生が言うのを目の端に、はナルまでもが口端を緩ませているのを目撃した。こやつ、やりおるの。
「そやったら仲良うにいかせてもらいますです。あんさんら全部が霊能者でっか?」
「そんなものかな・・・君は?」
「へぇ、ボクはエクソシストいうやつでんがなです」
「エクソシスト?」
笑い声が途端にピタリとやむ。
鸚鵡返しに言うと、彼は「そうどす」と頷いた。
「確かあれはカトリックの司祭以上でないとできないと思ったが・・・随分若い司祭だね」
「ハイ、ようご存知で。せやけどボクはもう十九でんがなです。若う見られてかなんのです。あんじょうたのみますです」
十九、確かに見た目によらない。
がナルを横目で見ると、ナルの興味はすでに旧校舎へと戻っていた。
自称巫女、破戒僧、訳あり気なエクソシスト、それに加えて万年無愛想男とくれば、 立派に色物軍団の出来上がりだ。
なんて考えたあと、は自嘲気味に笑う。
(まあ…私も、人の事はいえないか)